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〈24〉硯美艸堂雑記(けんびそうどうざっき) 23

 社会の趨勢は唯不可思議としか云いようがありません。凡そ半世紀に渡り古硯を提供するのが中國人、購入するのが日本人と云う圖式が崩壊、今や一変してしまいました。
 古硯等を求めて大挙して来日する中國の方々によって価格が高騰し、取り分け異状に上昇したのが石印の田黄です。
 田黄は昔から高く評価されていましたが、黄色の石印は何れも田黄として、止どまることを知らぬ最近の状況には違和感を覚えます。
 かつて田黄を評価して、高が蝋石、蝋石には全く興味がないと云い放った文人書道家もいました。蝋石とはやわらかな石を意味し、青田石や壽山石であり、田黄も含まれます。
 子供達が道路や地面に絵を描く事に使われたのも蝋石です。戦時中我が家の印材を持ち出し、書き具合が良かった事を覚えています。
 昭和五十年、石印材が空前の人気を博しましたが、当時は田黄も小印であれば大学生が購入出来たのです。
 もともと文房至寶は、廉価で購入出来ることが大前提であって、価格の高さが前面に出てしまっては文房清玩からの逸脱です。勿論成金趣味とは一線を画して来た筈です。
 歙州眉子文・卵様硯(宋代)は、地球を圧縮して出来たかのような、卵様硯。凄みをも感じる格調高き宋代硯です。
 恐らく神気を宿した宋代の名工の作と思われます。
 石印田黄(清代)は、微透明に羅葡文、紅筋が見て取れる田黄の佳品。
 しかし、歙州硯と比べれば月鼈雲泥天地の相違であることがご理解頂けると思います。それは古硯との格の違いであって、只奇麗とは次元の違いを示しています。
 値段の高さに惑わされず、眞の値打ちを知って頂くことが極めて重要です。
 私事で誠に恐縮ですが、少年時には柔道を志し当時最強の明大柔道部に入部、並み居る猛者との特訓の日日。熊の如き屈強な村井選手は、当方が年長と気付くと、私の得意とする一本背負いに繰り返し巨体が宙を舞ったのです。彼は直ぐ後のプレ東京オリンピックの重量級の覇者。稽古が実力通りであれば、野生はその道で露命を繋ぐ収入を得ていたと思われます。
 その後柔道を硯道に持ち替えての細き一本道は、格差社会下流の極貧の人生ですが、磁石の鍼は常に北を指すように今も続き、卒業宣言はもう暫く先のようです。
 この度は、端硯、歙州硯、澄泥硯等を登載致しまして、ここに第百九十巻記念号東京精華硯譜を発刊致します。
 今年も朝顔市の雪洞に火が点れば、いよいよ夏も本番です。
 朝顔や根岸の里の侘び住まい   硯美艸堂にて

 
歙州眉子文・卵様硯 石印田黄
 
第190巻記念號 東京精華硯譜
 
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