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〈12〉硯美艸堂雑記(けんびそうどうざっき) 11

 端硯の中に端溪硯と端石硯が存在することは既にお伝え致しましたが、この区分は中國硯をご理解頂く重要な合鍵です。
 かつては旧文献を引用して、端石硯が端溪下巌硯であったり、あるいは西洞硯等に決めつける等、鑑定家と云う人達の硯説に久しく翻弄されてきました。
 そこで、硯石を埋蔵する現地の調査により事実を基準として研究を進め、端硯についての詳しい状況が分かってきました。
 斧柯山一帯の端溪硯と、北嶺とその他の端石硯は石質は勿論のこと、形までが異なることが判明したのです。
 圖版「端石・朧月雲海硯」(宋代)は典型的な端石硯であり端溪硯ではありません。
 ご覧のように端石硯は、見て直ぐ綺麗とわかる華やかな雰囲気とは異なり、東洋の枯淡の美で、悠久不変の美質を備えています。
 墨堂には輝く鋒鋩を肉眼で捉えることが出来て、墨を摺る用の面でも申し分のない眞価が発揮されます。
 朧月に見立てた大きな活眼は静かに輝き、雲に象られた墨池と墨堂の刻線は、宋代人の鍛え抜かれた技の高さと、気品に満ち溢れています。
 さて、この秋には香川県立高校の先生方にお招きを頂き、坂出市を訪ねました。二時間余り中國硯についてお話しをさせていただきましたが、硯にご注目頂けたことが大きな収穫だったと思います。
 かつて四國へ渡るには宇高連絡船を利用しましたが、今は瀬戸内海に橋が架けられて、橋上の車窓から秋雲去来する島影を望む景観は、絶賛するところに背かず、心に残りました。
 帰途車中の電光板で、榊莫山先生の訃報を伝えていました。莫山先生とは一朝一夕のお付き合いではなく、硯を愛した書道家であり誠に残念でなりません。
 今年も頻々として旧知の訃に接し寂寥の感ひとしをです。
 人は歳月の谷間に下ると云いますが、私はこの数年の間に貧困の谷底に落ち、清貧の思想を実践し僅かに糊口を立てる現状です。
 元より身上は北山もがいた所で何の意味もありません。しかし、極貧に至ると一切の虚飾が不要となり、精神の自由を得、今迄に見えなかった本当の美しさが少しずつ見えてきました。
 老荘哲学を下敷にした奈良の愛硯家Y先生は、宋代硯に手をかざすと神気を直接感じ、近時は圖版の上からでも感じられるそうです。
 私にはそこ迄の修行が出来ていませんが、聊かなりとも霊活なる審美眼が備わることを願って、もう暫く古硯の研究を続けたいと考えております。

 
端石・朧月雲海硯
端石・朧月雲海硯
 
 
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