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〈5〉硯美艸堂雑記(けんびそうどうざっき) 4

 下の圖は、多くのご愛硯家に親しまれて来た、旧文献「端溪硯史」(呉蘭修編)の老坑「水巌坑」内圖です。
 ご覧のように老坑の内部が蟻の巣状に描かれて、東洞、正洞、小西洞、大西洞、水帰洞等が記されています。
 硯の鑑定家あるいは専門家と云われる人達は、この端溪硯史を拠り所として、これは大西洞硯、あれは水帰洞硯と手当り次第に、まるで良心がまひしたかのように決めつけて大西洞諸説の論を展開したのです。
 ところが実証を欠いた机上の論を硯に当てはめた為に、当然のことながら多くの誤りが発生しました。例えば、老坑以外の端溪石麻子坑硯が大西洞であったり、甚だしくはペーリンの端石硯までが含まれていたのです。
 かつてはこの大西洞諸説が中國硯鑑賞の主流であった為に、何の疑いも持たない人々を翻弄することになったのです。
 老坑内圖には、水帰洞が最も深い位置にあることから、水帰洞を最上とする説も出てきました。しかし、本物の水帰洞硯も大西洞硯も確認された事がなく、総てが想像をたくましゅうする空論に過ぎませんでした。
 昭和四十年代の後半には、廣州市工芸品公司に、青紫色が透き通る、冰文の水巌硯(老坑)が大量に登場して、老坑が再開されたことを知らされました。
 そこで本当のことを知る為には、蟻の巣状の老坑で原石の調査が欠かせなくなってきました。早速中國側に老坑の調査を申し込みましたが、現在とは状況が異なり話しは簡単には進みませんでした。
 地元の廣州市そして北京との交渉の末、実現したのは十年後の昭和五十六年の三月のことでした。

 
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